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公園の中心のある噴水に水鳥が音を立てて着水する。その波紋が水を伝う。
噴水の手前側ではチワワとトイプードルの飼い主たちが、
向こう側ではフレンチブルドッグとその飼い主たちが何か喋っている。
ここにはたくさんの子供と犬がいて、どちらもよく似ている。
どちらも小さくてよく動いて目を引く。
あちらこちらから聞こえてくる会話、の音。
飛び込んできた「クソギャル」という音だけが何故かすぐに意味に結びついてハッとする。
丘の向こう側からはトランペットの音色が聞こえてくる。
タイトルの分からない無数のメロディが戻ってくることはない。
よく知っているOver The Rainbowを除いて。
ここは世田谷公園。地元の人は「せたこ」って呼ぶらしい。

「今夜、小雨がたえまなく降りつづけ、街灯の光も霧に煙り、雨を集める光の漏斗のように見える。ここはファーウェル。アパートに並んだバルコニーの窓が、濡れたテニスコートに映っている。それはかつて僕の友バボヴィッチが住んでいたアパートだ。僕はふと思った。いつかは僕もこの町を去るのだろうか?バボに会いに、はじめてファーウェルを歩いた晩のことを僕は思い出した。バボは僕が受講していたロシア文学のゼミの先生で、僕を家に招待してくれたのだ。先生に招かれるなんて、はじめての体験だった。「いつがいいですか?」と僕は尋ねた。」/「ファーウェル」、『シカゴ育ち』、スチュアート・ダイベック著、柴田元幸訳、白水Uブックス、p.11
「つぎはどこなのか見当もつかんよ、と彼は言っていた。でもね、ひとつの場所にとどまっていると、いずれ遅かれ早かれ、自分が属す場所がもうなくなってしまったことを思い出してしまうんだよ、と。そして彼はファーウェルに住んだ。さようなら(フェアウェル)、と言っているような名前の通りに。」/同上、p.14